2014/11/19(Wed)
こんばんは、すしです^^


何だかんだと、今期も終了ですね~


いつの間にやら、7万ヒットも頂き、


ネタも尽きる今日この頃ですが‥


来期も、宜しくお願いします!<(_ _)>
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獅子のひとこと「優しいネタの提供、お待ちしています^^」
→くれぐれも、騎鉄合流とか、そういうのに走らぬようにw
2014/11/17(Mon)
どもども、最近今更の更新多し‥すしです^^


先日、そそのかされて(?)課金くじ引いてしまいました‥(汁)


覇康さまが欲しかったんぢゃ!(`・ω・´)


結果~

課金くじ~最終~

来期の20枚予定から11枚も‥


てか、10枚のつもりが1枚引きすぎたんぢゃよ‥(´・ω・`)


いやあ、甘くないやw
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獅子のひとこと「烈火素材&★3素材が救いですね♪」

(追記)
えと、(結局)来期も予定通り20枚は引きますおー│ω ・` )
2014/11/16(Sun)
こんばんは、すしです^^

予想通りのコールド終了でしたね~w( ̄▽ ̄)

東西戦~コールド~

いつもは、参加前に終了と嘆くところですが‥

東西戦~初合流~

なんと、大殿居城への合流に参加しますた!(`・ω・´)


脈々続けるすしなので、東西戦も大分参加してる訳ですが~


実は‥


大殿への合流‥初参加!( ̄▽ ̄;)ぇ


過去には、参加のために2日目午後から「有休」とって‥


午前中コールドだったことも!\(^o^)/


いやあ、すてきな(呪われた)記憶ですね♪


(#ノ ` Д ´)ノ┻━┻


あ!あと‥


今合戦で、こんな珍事件が~‥

東西戦~大殿落し~
ソロ!?(‥全部ではありませんよ、もちろん^ω^)


普段なら、名前を消すところですが載せておきましょうwww


う~ん‥見事まんだむ♪(・∀・)


この大功、(ネタ)比類なし!(`・ω・´)


これは、来期盟主でもしてもらうしかありませんねw


かず殿
W・A・N・T・E・D・かず(←びんごぶっく入りですね♪)


この名、忘するべからず~‥│q -*)なんちゃって
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獅子のひとこと「WANTED竜←こういう時代もありました(現在進行形)」
2014/11/15(Sat)
昨日、半休だったので超適当に‥
せっかくなので、順位は威信順です│ω ・` )
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驚天雷鳴~夢幻戦記~
魔王が世を開き、日輪が昇りし天下。
しかし、豊臣秀吉の死と共に、その静謐は大きく揺らぐことになる。
所謂、武断派と文治派の争いである。五大老の一人、前田利家が逝去
すると、争いは加速度を増し、天をも驚かす大戦へと発展する。世にいう、関ヶ原
合戦の始まりである。夢幻と例えられた人間
じんかん)の生は、如何なる終結
を戦国戦記に記したのであろうか‥。
(~驚天雷鳴~)

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1
位:宇喜多秀家~備前宰相~
宇喜多秀家
関ヶ原合戦、西軍四将の一人。
主攻を担い、合戦では副大将も務め「戦功第一」とされる。
合戦後は備前に戻るものの、大坂に近い立地、家康健在の情勢、豊臣
の一門衆という扱いも手伝い、秀頼の後見人として、豊臣家の実務を
兼任する形へと落ち着いていく。無論、それは天下の実務であった。
‥数年を経て、西軍勢力の中でも随一の実力(天下格付・戦功)を加味
されて、左大臣に就任。宇喜多・毛利・石田の三家による、太政官の
持ちまわりを提唱。後に、三太制と呼ばれる形式を以て、天下の実権
を掌握することとなる。

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2位:毛利輝元~豊国三川~
毛利輝元
関ヶ原合戦、西軍四将の一人。
大将を務め、大坂に残る算段であったが覆す形で自らも出陣‥結果と
して、毛利勢の参戦が関ヶ原合戦の大きな節目となり勝勢へと導いた。
宇喜多家と並んで、天下への影響力(天下格付・威信)は絶大であり、
宇喜多秀家と共に三太制の骨組みを練ったとされる。二代目・太政官
家としての誉れを受ける一方、豊臣家の関白職の返還を朝廷から打診を
された際には、輝元自らが参内。毛利両川の例えを用いて、関白職世襲
を嘆願した‥と、伝わる。

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3位:石田三成~天下難物~
石田三成
関ヶ原合戦、西軍四将の一人。
実質的な西軍の立役者であり、関ヶ原の戦後処理を一手に担う。
宇喜多・毛利による、三太制の提唱時は強固な姿勢を崩さず、宇喜多・
毛利との一戦辞さずの構えを取り、豊臣秀頼・宇喜多秀家・毛利輝元を
交えた大坂会談を設けることに成功する。豊臣の存続への尽力を秀家・
輝元が誓い和解。一歩誤れば、再度関ヶ原の情勢を聞いた、病床の大谷
吉継は「天下一の不器用者である」と評しつつ、戦支度を命じた逸話が残る。

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4
位:上杉景勝~継承されたもの~
上杉景勝
関ヶ原合戦、西軍四将の一人。
関ヶ原本戦に不参ながら、戦略的意義から四将に数えられる。
戦後は関東の徳川主力との戦力均衡を保ったことから、石田三成と並んで
関ヶ原以降の立役者としてもてはやされる一方、数年後の宇喜多・毛利・
石田の三太制への参画打診を固辞。戦国から泰平の武と義の象徴となる。

後年、景勝が太政官を固辞した理由を聞かれた際、言葉短く「不識庵に倣う
のみである」と答えたという。法号は宗心。

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5
位:黒田如水~もうひとつの天下~
黒田如水
天下が東西に割れる中、独自の戦力展開を見せる。
長政を東軍に送りつつ、西軍を素通りさせて関ヶ原の長期化を画策。
各有力大名の主戦力が、中央に集中すると私財を吐き出して速成軍を組織した。
その数、号して一万‥長政率いる黒田主軍より多い数である。さらに、大友の
残党蜂起を切欠に、九州北部を掌握して、独自の勢力を現出させることに成功。

後、懐柔に近い形で自治を認められると、交易・信教の自由を両立させて、
日ノ本で最も先進的な「国」として西欧に記録される。

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6
位:徳川家康~関東政権~
徳川家康
関ヶ原での敗勢の中、戦力の逐次投入の愚を避けて撤退。
戦力のほとんどを残したまま、本拠関東での再起が可能な情勢を維持させた。
その戦力は、一大名家としては最大であり、本拠・関東付近では、石田・上杉家
を主とする西軍連合と激戦を繰り広げた。西方では石田三成を圧倒。北方の上杉
景勝とは、互角の攻防を繰り広げたが、伊達政宗の戦線参加の動きを見せると、
和睦に近い形で降伏。関東の自治政権を認められる。名目上、関東管領であった
が、周囲からは関東将軍と呼ばれた。

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7
位:伊達政宗~百万石の懊悩~
伊達政宗
関ヶ原本戦から外れる形となった独眼竜。
西軍主力の上杉家との徹底抗戦か、対徳川への路線変更を迫られる。
此処で、伊達政宗は珍しく考え込んだという。実際、天下の軍が押し寄せた際の
迎撃戦術は豊臣家の関東征伐時に立案されており、其処に徳川家の抗戦が加わる
ならば、勝算の目処もあったのであろう。而して十日の後、政宗は越後へと進み
景勝に頭を垂れた。

「野心を露わにするならば、頭は垂れぬ。野心を隠すのであれば、即座に頭を垂れたろう」
十日の刻を景勝は真摯に受けとめ、三成に仲介。(対徳川参戦の功もあり)奥州百万石。

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8
位:福島正則~狭間の重鎮~
福島正則
宇喜多勢に押し込まれる形になり、福島勢は半壊。
敗軍をまとめて九州へと退く。時に、如水が九州における独自の勢力を展開して
いた時期であり、福島正則はいち早く如水への帰順を求める。元々、秀吉の下で
帷幕を共にしていたという、正則独自の解釈もあったであろうか。如水は、福島
正則の名が帰順の意が示す効果を鑑みて快諾。これにより、如水の勢力は磐石な
ものへと変わってゆき、黒田家の自治権が認められると、特例として豊臣政権下
の大名として返り咲くこととなる。それは、いわば豊臣政権と黒田如水の和睦の
証であり、双方の重鎮として存在感を示したのである。

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9
位:島津義弘~独歩戦線~
島津義弘
関ヶ原の地において、島津義弘は陣内に侵入する敵のみの掃討を徹底する。
それは、両軍に対する意地であったが、戦後に島津家の苦境を招くのは明白であった。
さらに加えて、瀬戸内海から薩摩への帰路において、黒田家の襲撃に遭い温存していた
軍が半壊すると、黒田勢は福島家が帰順する形で膨張。加藤清正が不戦の姿勢を見せた
為、島津単体で九州勢に当たることとなる。局所において頑強な抵抗を繰り返しつつも、
日向陥落時には豊久が壮絶な戦死。隠居の義久が豊臣政権との折衝を謀り、薩摩・大隅
二国を残す。

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10
位:加藤清正~不戦の代償~
加藤清正
東軍・加藤清正は、関ヶ原の後に帰国。
しかし、豊臣に忠誠を誓いつつも、徳川家康の実力を高く評価していた。
見立に違わず、家康は関東に退いた後も激烈な合戦を繰り広げたが、九州における、
如水の台頭には従わず、豊臣勢として立場が微妙であった島津家にも加勢を禁じて
不戦を貫いた。東軍へ義理を立てた形であったが、黒田勢と豊臣政権が和睦に至る
と、徳川も帰順。清正は宙に浮いたまま戦後を迎えてしまう。徳川家康・福島正則
等の嘆願もあり、改易は逃れたものの、肥後から日向へ減封・転封。

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11
位:真田昌幸~病床の僥倖~
真田昌幸
西軍において、秀忠遅参の重要な役割を果たしたが、立地の上で徳川との連戦に
巻き込まれてしまう。さらに、上杉方が参戦して一進一退を繰り返すようになる
と、境界に居城のある真田家は勢力を磨耗させていく。本来であるなら、此処で
昌幸が対策を講じるのだが、運悪く昌幸に病に倒れて、勢力の衰微が加速。

戦後には、後継の信繁に上田城主の打診もあったが、固辞して信之付けの家老格
として生涯を終える。「謀もいらぬ世に、我が頭は役立たじ。なればこそ、能面
ぶらさげて生きる苦を味わわぬは僥倖でさえある」‥僥倖から外れた、一本の槍
は父の最期の言葉を、羨ましそうに呟いた。

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12
位:淀~露と消えにし~
淀
関ヶ原において、西軍=豊臣軍でなかった事実は、戦後大きな影を落とす。
それは、豊臣家という大名家の形骸化であり、幼年の秀頼の後見人を選ぶという
発想そのものが、それに拍車をかけてしまう。大坂周辺を取巻く有力大名。関東
に残る徳川家。九州に台頭した黒田家。嵐の如き最後の大波は、戦地から程遠い
淀の手に余るのは致し方の無いことではあった。数年後、三太制が宇喜多家から
打診された際には、抗する力を全て吐き出していたのである‥。

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天下勢力
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獅子のひとこと「ものすごく、削ったのに長い‥」
2014/11/13(Thu)
こんばんは、あなたのすしです^^


毎期、同じ事を言っていますが‥


あまり、威信の値は関係ないですよね‥


なんというか‥


これ、そろそろいらないんじゃない?


なんて、思いました(→おわり)





本当に、ナニカくれたら良いのにねー‥│д゜ )


あと、来期・排出停止カードをば‥

『伊達政宗【天】』 『石田三成【天】』 『黒田如水【天】』 『今川義元【天】』 『淀【天】』

『真田昌幸【天】』 『上杉景勝【天】』 『毛利輝元【天】』 『徳川家康【天】』
『宇喜多秀家【天】』 『加藤清正【天】』 『福島正則【天】』 『島津義弘【天】』


家康さま、消えるのか!Σ(・д・ノ)ノ
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獅子のひとこと「課金時期がわからない、すしであった‥」